※この記事はsakefan.net掲載記事(2018.07.18)の転載です

兵庫県明石市の酒蔵です

『通称「千円居酒屋」、実は「有料試飲会」』という言葉、酒蔵の言葉です。天保十年(1839年)創業の太陽酒造へ行ってきました。でも酒蔵見学ではありません。造りが終わった初夏から造りが始まるまで毎週金曜日(ただし八月は除く)18時に蔵の元精米所が「有料試飲会」の会場に変わります。今回伺ったきっかけは、私が今年4月に13年ほど仕事をしていた関東を離れて地元の兵庫県へ戻ってきて、昔大阪の吟醸酒Barで呑んでいた酒を色々と思い出していたところから始まります。関東ではなかなかお目にかかれない銘柄を思い出していた中に太陽酒造の「太陽」がありました。まず名前にインパクトがあります。味も旨味がすごかった記憶があったのですが、関東では一度も見たことがありませんでした。そこで、少しWebサイトを探してみたところ「有料試飲会のお知らせ」を見つけたわけです。千円で五勺を3杯。そして手作りのアテが数百円で並びます。選んで食べて呑んで2000円程度。金曜日の夜にはありがたいですよね。でも、居酒屋ではないんです。あくまでも有料試飲会。なので騒ぐのは禁止。酒も五勺を3杯の後は、追加で2杯(200円/杯)まで。それ以上は呑ませてもらえません。どうしてこんな形が始まったのでしょうか。

かなり思い切った考え方

太陽酒造は山陽電鉄江井ヶ島駅から歩いて数分のところにあります。昔から稲作も酒造りも行われていた地域で、179年続いている酒蔵です。しかし阪神淡路大震災で大きな被害を受けた後、いろいろなことがあって今の「地元兵庫県のお米で純米大吟醸と純米吟醸の無濾過原酒だけしか造らない」という形になったそうです。そして「淡麗辛口に反旗を翻えす」を合言葉に「一度呑んだら忘れられない濃醇な味わい」にこだわっています。造りは基本的に蔵元杜氏が中心でご家族が支えています。生産量は百石ほどということでした。このこだわりのお酒を知ってもらう機会として「有料試飲会」で呑んでもらって気に入ったら購入してもらいたいということで始められたそうです。地元兵庫がそもそも山田錦の一大産地なので、メインの原料米は兵庫県加東市三草産の山田錦。もうひとつ復活米である野条穂(のじょうほ)。これは山田錦と同じ加東市三草産のものと、まさに地元の江井ヶ島で栽培されたものを使用しています。この2種類の原料米で純米吟醸以上しか造らず、しかも無濾過原酒(熟成酒以外は生だけ)でしか出荷しないと言われると酒好きの血が騒ぎますよね! 関西弁でいうと「どこまでこだわんねん!!」って感じです。

とてもいい雰囲気の元精米所

最初太陽酒造に到着すると、蔵の正面入り口からは入れず、右へ矢印があります。そこに大きな暖簾がかけてあって、その奥が元精米所の有料試飲会場です。入り口には口上が(下の写真をじっくりご覧ください)。恐る恐る入っていくと中は高い天井に大きな木の梁が見えてとてもいい感じです。建物は創業時の天保十年からのものを移築したものだとか。テーブルは元木樽でしょうか。椅子は当然通い箱(笑)。入口横で千円払ってカードとお通しと1杯目を受け取ります。置かれているお惣菜はセルフで、お金も缶に入れておく形。どれも安くて美味しそうです。どれも酒蔵の皆さんの手作りだそうです。お惣菜の陰にはよく見ると古そうな精米機が!レトロで良いですよね。まだ呑んでいないのに結構テンション上がってます!

ガツンと強烈な味わい

最初の1杯目は蔵側指定の銘柄をいただきます。2杯目からは卓上の紙に書かれている酒リストから純米大吟醸、純米吟醸、熟成酒等自由に選べます。この日の蔵指定の1杯は「神稲(くましね)」です。野条穂(こちらが三草産)の純米吟醸無濾過生原酒(紙には純米酒と書いてありますが精米歩合60%です。60%で純米、50%で純米吟醸、40%で純米大吟醸と酒リストには書かれています)。実はこの「野条穂」、同じ兵庫県の丹波市にある山名酒造の「野条穂」という銘柄で使われている酒米です(こちらは火入れ純米酒 詳しくはこちら)。一度栽培が途絶えた酒米で、もう山名酒造でしか使われていないと思っていたのですが、太陽酒造でも出会えました。太陽酒造曰く「山名さんとウチだけだと思うよ」とのこと。この米の野性味あふれる旨味が無濾過生原酒の濃さと相まって、まさにガツンンンンとくる味わい!「普通これを1杯目に呑んだら後困るやん」と独り言をつぶやきながらもクイクイ呑んでしまいます。意外にもアテはそこまでコッテリではない「塩おでん」の豚肉とがんもがピッタリ。これも切れの良さがなせる業でしょうか。新たな発見です!
2杯目は何を飲もうかと酒リストを見てみるともうひとつ野条穂(こちらは江井ケ島産)の酒がある!しかもよく分からないヘアリーベッチ農法で栽培されたらしい。呑むしかないでしょということで2杯目は「天狗松」に決定。この農法はヘアリーベッチという花を肥料に化学肥料を使わない栽培らしいです。農薬も控えめだとか。このお酒、神稲よりも冷えていると味が隠れる感じなので、ゆっくりと温度の上りを待ちながらおでんといただきました。
次は「太陽酒造の個性が最も現れている逸品」と書かれている「たれくち」にしようと思ってカウンターへ行ってみると「今日の秘蔵酒」ということで酒リストにない酒が。それも「たれくち」の26BY!これは29BYと飲み比べでしょう、と思ったのですが1杯ずつがルールなので、まずは26BYからいただきました。熟成感がありながら生原酒感があるという面白い味わい。個人的には大好きです。少しアルコール感も強いので苦手な方もいるかもしれません。26BYがこうだとすると、やはり29BYは結構荒さが残っている感じ。これなら1杯目神稲でも大丈夫だと一人で納得。しかしどのお酒もキレが良いのでアテは結構あっさりしたものや甘めのものが合います。フライもあるので試してみましたが、ルルル煮の方があう。「ルルル煮」って何かって?分かりませんよね。私も分からなかったので聞きました。「ルルル」と歌いたくなる旨さ(笑)という由来はともかく、水を使わないで日本酒の滓の部分だけを使って野菜やお揚げを炊いたものでした。

ここまで呑んだ最後には・・・

恐らく普通の人が飲むであろう、純米大吟醸「太陽」と純米吟醸「赤石」を呑んでいない。でも向こうのテーブルの常連さんから「おり酒いいよ」というおススメが。迷いましたが、〆ということで「秘蔵酒 太陽(長期熟成純米吟醸無濾過原酒)」。アテを食べないで単独でじっくりいただくことにしました。酒リストには「5年以上」と書いてあったので注いでいただくときに気軽に「これって何年ですか?」と聞いてみました。「今日のは19年やで」。自分の耳を疑いました。おかわりのお酒は一杯200円です。「平成19年ですか」と聞き返してみる(それでも11年モノ)と、「いや、19年モノ」という答え。いいのだろうかと勝手な心配をしながら席に戻って一口ゴクリ。旨い。他の表現をしなければいけないところなのは分かっていますが、出てくる言葉は「旨い」。すみません。味が伝わりませんよね。正統派の熟成酒です。
ということで、最初と最後の2本をお買い上げ! 家で呑むのが楽しみです。

このこだわりと美味しさを多くの人にも感じてもらいたいと蔵の方ともお話してみたのですが、生産量が少ないことと後継者問題があることがネックであまり広く打ち出していける状態にないらしいです。でも「良い記事書いてよ!」と言われましたが。。。いかがでしたでょうか。

※追記(2018/07/28)
原料米の産地について間違いがありましたので以下の通り訂正してお詫びいたします。
山田錦について (誤)兵庫県三木産 (正)兵庫県加東市三草産
野条穂について (誤)江井ケ島産 (正)加東市三草産と江井ケ島産